フラッシュバックが去った後の『空白感』と向き合う:自分を取り戻す穏やかな道のり
フラッシュバックが去った後に感じる『空白感』とは
長年にわたりフラッシュバックの症状に悩まされている方の中には、鮮烈な記憶が去った後に、強い疲労感や、心にぽっかりと穴が開いたような「空白感」を感じるという経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。これまでに様々な対処法を試されてきたとしても、フラッシュバックが起きた後の心身の重さや、何とも言えない虚しさのような感覚がなかなか和らがず、どう向き合えば良いのか悩んでいる方もいらっしゃるかと存じます。
フラッシュバックの最中は非常に強い緊張状態にありますが、それが収まった後、心身は一気に緩み、その反動で消耗しきったような感覚に陥ることがあります。これは、体が危機に備えていた状態から解放された自然な反応とも言えます。しかし、この感覚が「単なる疲労」という言葉では片付けられないほど深く、過去のつらい出来事と結びついた「喪失感」や、自分自身がバラバラになってしまったかのような「分断感」を伴うことも少なくありません。
この記事では、フラッシュバックが去った後に感じる『空白感』に焦点を当て、その感覚を理解し、心身を優しく労わりながら穏やかに自分を取り戻していくための視点や具体的なヒントをご紹介いたします。
なぜフラッシュバックの後に『空白感』を感じるのか
フラッシュバックの最中、私たちの脳と体は過去のつらい出来事を「今、ここで起きていること」として認識し、それに強く反応しています。心拍数の上昇、呼吸の乱れ、筋肉の緊張など、体は危機に備えた状態になります。
この極度の緊張状態が突然、あるいはゆっくりと解除された後、心身は深い疲労に見舞われます。これは、エネルギーを大量に消耗したことによる物理的な疲弊です。しかし、『空白感』や『無力感』はそれだけでは説明できない側面を持っています。
- 感情の麻痺: つらい感情から自分を守るために、感覚が麻痺してしまうことがあります。これにより、喜びや楽しみといったポジティブな感情だけでなく、悲しみや怒りといった感情全体を感じにくくなり、「何も感じない」という空白感につながることがあります。
- 自己との分断: フラッシュバックによって過去のつらい記憶が呼び起こされる際、当時の自分と今の自分との間に分断を感じることがあります。自分が一体誰なのか、今どこにいるのかが曖昧になり、自己喪失感や空白感を抱くことがあります。
- エネルギーの枯渇: 精神的なエネルギーだけでなく、生きるための意欲や、何かを始めるためのエネルギーが枯渇してしまう感覚です。これにより、何に対しても興味が持てず、無気力な状態となり、空白感として現れることがあります。
これらの感覚は、フラッシュバックという非常に大きな負担を心身が受けた後に起こりうる、自然な反応の一つと理解することが大切です。「自分が弱いからだ」「どうして何も感じられないんだ」とご自身を責める必要は決してありません。まずは、そのような感覚が今ここにある、と認識することから始めてみましょう。
『空白感』と向き合い、自分を取り戻すための穏やかなヒント
フラッシュバック後の空白感や無力感はつらく、すぐに解消されるものではないかもしれません。しかし、心身を優しく労りながら、少しずつ自分を取り戻していくための穏やかなステップを踏むことは可能です。
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心身の「揺り戻し」に優しく対処する: フラッシュバック後の心身は、緊張状態から一気に解放された反動で、非常に不安定な状態になりがちです。この「揺り戻し」を無理に立て直そうとせず、まずは休息を最優先してください。
- 可能であれば横になり、体を休ませましょう。
- 激しい運動ではなく、軽いストレッチやゆっくりとした散歩など、心身に負担の少ない動きで、固まった体を優しくほぐすことを試みてください。
- 温かい飲み物をゆっくりと味わう、心地よい肌触りのブランケットにくるまるなど、感覚を優しく刺激し、「今、自分は安全な場所にいる」という感覚を取り戻す助けとすることも有効です。
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感覚を取り戻す小さな練習: 空白感は、感覚が麻痺している状態とも言えます。五感を意識的に使うことで、少しずつ「今、ここにいる」という感覚を取り戻していく練習ができます。
- 見る: 周囲の色や形、光の当たり方など、身の回りにあるものをじっくりと観察します。
- 聞く: 遠くの音、近くの音、音楽など、聞こえてくる音に耳を傾けます。
- 嗅ぐ: 好きな香り(アロマ、コーヒー、石鹸など)をゆっくりと嗅ぎます。
- 味わう: 温かい飲み物や好きな食べ物を、その温度や舌触り、風味を意識しながらゆっくりと味わいます。
- 触れる: 柔らかい布、自分の服、家具など、触れるものの質感や温度を感じます。 これらの練習は、数分でも構いません。完璧を目指さず、できることから少しずつ試してみてください。
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小さな達成感を積み重ねる: 無力感を感じている時は、何かを成し遂げることが難しく感じられます。しかし、ごく小さなことでも「できた」という経験は、自分にはまだ力があるという感覚を取り戻す助けになります。
- コップ一杯の水を飲む。
- カーテンを開ける。
- 歯を磨く。
- 好きなお茶を淹れる。 リストを作り、チェックしていくのも良いでしょう。目標は「完璧にこなすこと」ではなく、「何か一つでもできた」という事実です。
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内なる声に優しく耳を傾ける: フラッシュバック後は、「早く元に戻らなければ」「何もできない自分はダメだ」といった否定的な思考に囚われやすくなります。このような「〜すべき」という思考を手放し、今の自分が本当に必要としているものは何かを問いかけてみてください。
- 「今はただ休みたい」
- 「誰かに話を聞いてほしい」
- 「静かな場所にいたい」 出てきた正直な気持ちを否定せず、「そう感じているんだな」と受け止めることから始めましょう。そして、可能な範囲でそのニーズを満たしてあげることを試みてください。自分自身への思いやり(セルフコンパッション)を持つことが非常に重要です。
回復は波を描きながら進むもの
フラッシュバック後の空白感や無力感からの回復は、直線的に進むものではありません。良い日もあれば、またつらい感覚に戻ってしまう日もあるでしょう。それは自然なことであり、決して後退しているわけではありません。回復の過程には、波があるのが普通です。
既存の対処法を試しても効果を感じにくいと感じてきた方も、ここでご紹介したような「心身を労わる」「感覚を取り戻す」「小さな達成感を得る」「内なる声に耳を傾ける」といったアプローチは、フラッシュバック後の空白感に寄り添うための新しい視点を提供できるかもしれません。
大切なのは、焦らず、ご自身のペースで、自分に優しくあり続けることです。これらのヒントが、少しでも穏やかな時間を取り戻すための一助となれば幸いです。
もし、フラッシュバック後のつらい状態が長く続いたり、一人で抱えきれないほどつらいと感じる場合は、専門家へ相談することも大切な選択肢です。心療内科や精神科の医師、トラウマケアを専門とする心理士などに相談することで、より適切なサポートや治療法が見つかることがあります。専門家への相談は敷居が高いと感じられるかもしれませんが、ご自身の心身の健康を守るための一歩として、検討されてみることも良いでしょう。