電車の中や人混みでフラッシュバックが起きたら:『その場を乗り切る』ための具体的なヒント
はじめに
長年フラッシュバックの症状に悩んでいらっしゃる方の中には、特定の場所や状況、例えば電車の中や人混みなどでフラッシュバックが起きやすく、外出そのものに不安を感じている方も少なくないかもしれません。このような「逃げ場がない」「すぐにその場を離れられない」状況でのフラッシュバックは、より一層つらく感じられることがあります。
これまで様々な対処法を試されてきたかもしれませんが、特定の状況下での対処は難しさを伴います。この記事では、電車の中や人混みといった状況でフラッシュバックが起きた際に、その場をなんとか乗り切るための具体的なヒントや、外出前にできる準備についてお伝えします。
なぜ特定の状況でフラッシュバックが起きやすいのか
フラッシュバックは、過去のつらい出来事に関連する記憶が、あたかも現在起きているかのように鮮明に蘇る現象です。特定の場所や状況でフラッシュバックが起きやすいのは、そこに潜む「トリガー」が関係していると考えられます。
電車のアナウンス、人々の話し声、特定の景色、混雑による圧迫感、閉鎖的な空間、独特の匂いなど、その状況下にある様々な刺激が、過去のつらい記憶と結びついてトリガーとなり得るのです。さらに、すぐにその場から離れられないという状況自体が不安を募らせ、フラッシュバックを誘発したり、その強度を高めたりする可能性もあります。
電車の中や人混みでのフラッシュバックに備える事前準備
フラッシュバックが起きやすい特定の場所や状況を訪れることが避けられない場合、事前の準備をすることで、少しでも安心感を持ち、実際にフラッシュバックが起きた際の対処につなげることができます。
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ルートや場所の確認: 利用する電車の停車駅や、人混みが予想される場所の構造などを事前に確認しておきます。可能であれば、途中で電車を降りて休憩できる駅や、人波から少し離れて落ち着ける場所(駅のベンチ、デパートの休憩スペースなど)を把握しておくと、いざという時の選択肢になります。
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安心できる持ち物の準備: 外出時に、自分を落ち着かせる助けになるようなものをいくつか用意しておきましょう。
- 音楽: 好きな音楽や、落ち着ける自然音などを入れた携帯音楽プレーヤーやスマートフォン。ノイズキャンセリング機能付きのイヤホンがあると、周囲の音を遮断して集中しやすくなります。
- 香り: 慣れ親しんだ香りや、リラックスできる香りのアロマオイルをつけたハンカチなど。嗅覚は直接的に感情や記憶に働きかけるため、心地よい香りは気分転換になります。
- 触り心地の良いもの: ストレスボール、お守り、キーホルダーなど、手に持って触ることで安心感を得られるもの。
- その他: 温かい飲み物が入った水筒、好きな飴やガムなども、五感を活用する助けになります。
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「安全な場所」のイメージを明確にする: 実際に物理的に安全な場所を確保することが難しい状況でも、心の中に「安全な場所」のイメージを持つことは強力な助けになります。目を閉じて、自分が心からリラックスでき、安心できる場所(具体的な部屋、自然の中、想像上の場所など)を思い浮かべる練習をしておきます。その場所の色、音、匂い、温度、そこで感じられる感覚などを具体的にイメージできるようになると、いざという時に役立ちます。
フラッシュバックが起きた『その場』でできること
万全の準備をしても、特定の状況下でフラッシュバックが起きてしまうことはあります。重要なのは、「なんとかその場を乗り切る」ことに焦点を当てることです。完璧に症状を消し去ろうとするのではなく、波をやり過ごすような感覚で試せる対処法をいくつかご紹介します。
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現実世界に意識を戻す(グラウンディング): フラッシュバックは過去の出来事に強く引き込まれる感覚ですが、意識的に「今、ここ」の現実に戻る練習をします。
- 五感を使う:
- 見る: 自分の足元、電車の座席の色、広告の文字など、目に見える具体的なものをいくつか数えたり、描写したりします。(例: 「赤い吊り革が3つある」「隣の人のバッグは黒い」)
- 聞く: 電車の走行音、アナウンス、周囲の会話など、聞こえる音に耳を澄ませます。
- 触る: 服の布地、バッグの取っ手、座席の感触など、肌に触れるものに意識を向けます。
- 嗅ぐ: 持参した香りのものを使う、または周囲の匂いを意識します。
- 味わう: 飴やガムを口に含み、その味や口の中の感覚に集中します。
- 身体感覚に意識を向ける: 足の裏が地面や床、靴に触れている感覚に意識を集中します。椅子に座っている場合は、座面がお尻に触れる感覚や、背もたれにもたれている感覚などを意識します。手のひらを合わせたり、組んだりして、手のひら同士の感触に意識を向けるのも良い方法です。
- 五感を使う:
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呼吸を整える: フラッシュバック中は呼吸が浅く速くなりがちです。意識的にゆっくりと深い呼吸を繰り返すことで、心拍数を落ち着かせ、リラックス効果を促します。
- 鼻からゆっくり息を吸い込み、お腹が膨らむのを感じます。
- 口から、吸うときの倍くらいの時間をかけてゆっくりと息を吐き出します。
- 可能であれば、数秒息を止める時間を入れると、より呼吸に集中できます。 (例: 4秒かけて吸い、2秒止めて、8秒かけて吐く) この呼吸法を数回繰り返すことで、少しずつ落ち着きを取り戻せる場合があります。
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思考から距離を置く: フラッシュバックに伴う思考や感情に飲み込まれそうになったら、「これは過去のことだ」「今は安全な場所にいる(または、この状況はいずれ終わる)」と心の中で静かに繰り返します。湧き上がってくる思考や感情を、「雲が空を流れていくように」「川を葉っぱが流れていくように」観察するイメージを持つことも助けになります。その思考や感情に「良い」「悪い」といった判断を加えず、ただ「思考が浮かんできたな」「感情が湧いてきたな」と客観的に認識する練習です。
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物理的に少し移動する: 可能であれば、電車の車両の端や、人混みの中でも壁際など、少しでも他の人との距離が取れる場所に移動します。これにより、心理的な圧迫感が軽減されることがあります。
対処が難しかった場合と、その後のケア
これらの対処法を試しても、フラッシュバックの波を完全に抑え込めないこともあるかもしれません。自分を責める必要は全くありません。特定の状況下での対処は、安全な場所にいる時よりも難しいのが自然なことです。
なんとかその場を乗り切って安全な場所に戻ることができたら、まずは頑張った自分を労わってあげてください。温かい飲み物を飲む、静かな場所で休む、信頼できる人に連絡を取るなど、心身を休ませ、安心を取り戻すための時間を大切にしましょう。
特定の状況でのフラッシュバックに繰り返し悩まされる場合は、自分だけで抱え込まず、専門家(精神科医、臨床心理士など)に相談することも有効な選択肢です。専門家は、特定の状況下での効果的な対処法を一緒に探してくれたり、フラッシュバックの根本的な原因にアプローチする治療法(例:EMDR、PE療法など)を提案してくれたりすることがあります。専門家への相談は敷居が高いと感じるかもしれませんが、多くの専門家は、悩みに寄り添い、解決への道を一緒に探してくれます。まずは地域の相談窓口や、かかりつけ医に相談してみるのも良いでしょう。
まとめ
電車の中や人混みなど、特定の状況でフラッシュバックが起きることは、長年の悩みを抱える方にとって非常につらい経験です。しかし、事前の準備や、その場でできるいくつかの対処法を知っておくことで、その波を乗り切る助けになる可能性があります。
ご紹介したグラウンディングや呼吸法、思考への対処などは、すぐに完璧にできるようになるものではありません。日頃から安全な場所で練習を重ねることで、いざという時に少しでも実行しやすくなります。
ご自身のペースで、一つずつ試してみてください。そして、自分一人で抱えきれないと感じた時は、専門家のサポートを検討することも、より穏やかな日常を取り戻すための一歩となり得ます。