フラッシュバックと『共に生きる』:完璧な克服を目指さない新しい付き合い方
長年にわたりフラッシュバックの症状に悩まされている方は少なくないかもしれません。様々な対処法を試されても、なかなか効果を実感できなかったり、「いつになったら完全に楽になるのだろうか」と先の見えない不安を感じたりすることもあるかと存じます。
過去のつらい記憶が鮮明に蘇り、その瞬間に心や体が激しく反応してしまうフラッシュバックは、日常生活に大きな影響を及ぼします。症状が出ないように完璧にコントロールしたい、完全に克服したいと願うのは自然なことです。しかし、フラッシュバックのメカニズムを理解すると、必ずしも「完全に消し去る」ことだけが唯一の道ではないことが見えてきます。
この記事では、「フラッシュバックを完璧に克服する」というゴール設定だけではなく、症状と「共に生きる」という新しい視点と、そのための具体的なヒントについてお話しいたします。これまでの取り組みに加えて、少し異なる角度から症状との向き合い方を見直すきっかけとなれば幸いです。
フラッシュバックとの「共存」という視点
まず、フラッシュバックがなぜ起きるのか、そのメカニズムについて改めて考えてみましょう。フラッシュバックは、過去の強い感情を伴う記憶が、脳の中で適切に処理されずに残ってしまった場合に起こりやすいとされています。特定の情報(トリガー)に触れると、その未処理の記憶が、まるで現在そこで起きているかのように鮮明に再体験されるのです。これは、脳が私たちを守ろうとしたり、情報を処理しようとしたりする過程で、うまくいかなかった結果とも言えます。
重要なのは、フラッシュバックは意志の力で簡単に止められるものではない、ということです。そして、長年の症状の場合、完全に「ゼロ」にすることが難しい場合があることも理解しておきましょう。
「完璧な克服」だけを目指していると、症状が出るたびに「またダメだった」「自分はいつまで経っても治らない」と自己肯定感を失ってしまうことがあります。しかし、フラッシュバックを「完全に消し去るべき敵」と見なすのではなく、「自分の中にある、癒やされていない部分からのサイン」として、「共に」存在するものとして捉え直すことが、「共存」という視点の始まりです。
この「共存」は、症状を諦めることではありません。症状に振り回される状態から、症状がありつつも穏やかな時間や安心できる感覚を増やしていくことを目指す、現実的で長期的なアプローチです。
「完璧」を目指さないための具体的なヒント
フラッシュバックと「共に生きる」ために、日常生活で試せる具体的なヒントをいくつかご紹介します。これらは、これまでの対処法と組み合わせて行うことができます。
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症状の「波」を受け入れる練習: フラッシュバックの症状には波があります。調子の良い日もあれば、そうでない日もあるでしょう。まずは、その波があること自体を否定せずに受け入れる練習をします。日々の症状の程度や、どんな時に症状が出やすいかなどを簡単に記録してみるのも良いでしょう。記録することで、自分のパターンを客観的に把握でき、「今日は波が高いな」と、一歩引いて状況を捉えることができるようになります。
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症状が出た時の「やり過ごし方」の選択肢を増やす: フラッシュバックが起きた瞬間に使える対処法は多く存在します(例:グラウンディング、呼吸法など)。これらの方法は、症状を「完全に止める」ことよりも、「つらい時間から少しでも早く抜け出す」「その場をなんとかやり過ごす」ことに焦点を当ててみましょう。効果が一時的でも、完璧でなくても良いのです。いくつか試してみて、自分にとって少しでも楽になる方法をいくつか持っておくと、安心感につながります。
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日常生活で「安心できる時間・場所」を意識的に増やす: トリガーを避けることも大切ですが、それ以上に「安全で安心できる」と感じる時間や場所を意図的に作る努力も有効です。例えば、特定の香りを嗅ぐ、お気に入りの音楽を聴く、肌触りの良い物に触れる、心地よいと感じる場所に身を置くなど、五感を通して安心感を高める練習をします。これは、フラッシュバックの記憶に上書きするのではなく、安心できる「今ここ」の感覚を強化するものです。
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自分を責めない練習: フラッシュバックは、あなたのせいではありません。過去のつらい出来事や、それに対する脳や体の反応です。症状が出るたびに「なぜ自分はこうなのだろう」と自分を責めてしまう気持ちが湧くこともあるかもしれません。しかし、「完璧な克服を目指さない」という視点を持つことで、「症状が出ても大丈夫」「今は波が高いだけ」と、自分に対して少し優しくなれるはずです。これまでの頑張りや、症状がありながらも日々を過ごしている自分自身を労うことを意識してみてください。
専門家との「共存」に向けた連携
「専門家への相談は敷居が高い」と感じていらっしゃる方も多いかと存じます。しかし、「完璧な克服」ではなく「症状と上手に付き合う」という目標設定であれば、専門家との連携もより現実的に捉えられるかもしれません。
心理療法やカウンセリングは、必ずしも「つらい記憶を全て消し去る」ことを目指すものではありません。トラウマに特化した心理療法(例:EMDR、PEなど)も、安全な環境で記憶と向き合い、その記憶による現在の影響を和らげ、症状を管理できるようになることを目指します。
「完璧な克服」ではなく「穏やかな共存」を目指す場合、専門家はあなたの症状のパターンを理解し、あなたに合った「やり過ごし方」や「安心感を高める方法」を共に探すサポーターとなります。また、自分を責めてしまう気持ちへの対処や、日常生活の質の向上についても具体的なアドバイスを得られるでしょう。
専門家を探す際は、「完璧な克服」を約束するような場所ではなく、あなたの話に丁寧に耳を傾け、共に歩んでくれるような、信頼できる専門家を見つけることが大切です。まずは相談だけでも、と考えることで、少し敷居を低く感じられるかもしれません。
まとめ
長年のフラッシュバックの悩みに対し、「完璧な克服」だけを目指すことは、時にさらなる苦痛をもたらすことがあります。フラッシュバックという症状と「共に生きる」、つまり症状がありつつも、それに振り回されすぎずに穏やかな時間や安心感を増やしていくという視点を持つことは、長期的な心の安定につながる可能性があります。
症状の波を受け入れ、自分に合ったやり過ごし方を見つけ、日常生活に意図的に安心を取り入れること。そして、自分を責めずに労うこと。これらは、完璧を目指さない「共存」のための大切なステップです。必要に応じて専門家のサポートを得ることも、この道のりを歩む上で大きな助けとなるでしょう。
この記事が、あなたがフラッシュバックとの新しい向き合い方を見つけるための一助となれば幸いです。完璧を目指さなくても大丈夫。一歩ずつ、あなたにとってより良い日々を築いていくことができますよう、心より願っております。