フラッシュバックの『トリガー』を知る:日々の生活でできる特定と対処のヒント
フラッシュバックの『トリガー』を知る:日々の生活でできる特定と対処のヒント
長年にわたりフラッシュバックの症状と向き合ってこられた皆様にとって、突然訪れる鮮明な記憶や感覚は、日々の平穏を乱し、大きな負担となっていることと存じます。様々な対処法を試されても、なかなか効果を実感できずにいらっしゃる方も少なくないかもしれません。
フラッシュバックは、特定のきっかけによって呼び起こされることが多い現象です。この「きっかけ」はトリガーと呼ばれ、それを理解し、適切に対処することが、症状を管理し、日々の生活をより穏やかに送るための重要な一歩となります。
この記事では、フラッシュバックのトリガーとは何か、そしてご自身のトリガーを特定し、日々の生活の中で工夫できる対処法について、具体的なヒントを交えながら解説いたします。
フラッシュバックの『トリガー』とは何か
フラッシュバックのトリガーとは、過去の辛い経験に関連する記憶や感情、身体感覚、思考などを再体験させる引き金となる、特定の刺激や状況のことです。このトリガーは人によって異なり、非常に多様です。
例えば、特定の音(サイレン、声のトーン)、特定の場所(特定の建物、道)、特定の感覚(特定の匂い、肌触り、温度)、特定の感情(不安、怒り)、特定の思考(過去を思い出すきっかけとなる考え)、さらには特定の人間関係やニュース記事などがトリガーとなり得ます。
これらのトリガーは、必ずしも意識的に過去の出来事を思い出そうとした時に現れるわけではありません。普段の生活の中で何気なく遭遇した刺激が、無意識のうちにフラッシュバックを引き起こすことがあります。そのため、ご自身のトリガーが何であるかを理解することは、予期せぬフラッシュバックに備え、その影響を軽減するために非常に役立ちます。
ご自身のトリガーを特定する方法
長年の経験から、ある程度ご自身のフラッシュバックのパターンやきっかけにお気づきの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、改めてトリガーを特定する作業を行うことで、これまで意識していなかったトリガーや、より具体的な状況を把握できる可能性があります。
ご自身のトリガーを特定するためのヒントをいくつかご紹介します。
1. フラッシュバック発生時の記録をつける
フラッシュバックが発生した際に、その時の状況を簡単に記録することをおすすめします。いつ、どこで、何をしている時に起こったか、その時周りに何があったか、どのような音や匂いがしたか、誰といたか、どんな気分だったか、直前に何を考えていたかなど、できるだけ具体的に書き留めてみましょう。手書きのノートでも、スマートフォンのメモ機能でも構いません。
この記録を後で見返すことで、特定のパターンや共通する要素が見えてくることがあります。最初は負担に感じられるかもしれませんが、ご自身のペースで、無理のない範囲で試してみてください。
2. 五感に注意を払う
私たちの五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)は、記憶と強く結びついています。特定の風景、音、匂い、味、肌触りなどが、過去の経験を鮮明に呼び起こすトリガーとなることがあります。
日々の生活の中で、どのような感覚がご自身の気分や状態に影響を与えているか、少し意識を向けてみてください。心地よく感じる感覚もあれば、何となく落ち着かない、緊張するなど、不快な感覚もあるはずです。特にフラッシュバックが起こりやすい状況で感じた感覚に注目すると、トリガー特定の手がかりになることがあります。
3. 感情や思考のパターンを観察する
特定の感情(例:強い不安、孤独感、怒り)や、特定の種類の思考(例:自分を責める考え、絶望感に関連する考え)が、フラッシュバックの前兆やトリガーとなることもあります。
フラッシュバックが起こる前や最中に、ご自身の内面でどのような感情や思考が湧き上がっているかに気づく練習をしてみましょう。感情や思考を評価するのではなく、「今、自分は〇〇と感じている」「今、〇〇という考えが頭に浮かんだ」と、ただ観察するような姿勢が大切です。
特定したトリガーへの対処法
ご自身のトリガーが少しずつ見えてきたら、次はそれらへの対処を考えていきます。対処法はトリガーの種類や状況、そしてご自身の状態によって異なります。
1. トリガーを避ける・距離をとる
可能な範囲で、特定したトリガーに遭遇する状況を避ける、あるいは距離をとることを検討します。例えば、特定の場所がトリガーになる場合は、その場所への立ち入りを控える、通行ルートを変えるといった工夫が考えられます。特定の音や匂いがトリガーになる場合は、耳栓をする、香りの強いものを避けるなどが役立つかもしれません。
ただし、日常生活を送る上で全てのトリガーを完全に避けることは難しい場合がほとんどです。無理な回避はかえって生活の質を低下させる可能性もありますので、できる範囲で、柔軟に考えてみてください。
2. トリガーに遭遇した時の対処スキルを使う
トリガーに遭遇してしまい、フラッシュバックの感覚が強くなりそうな時に、ご自身の状態を落ち着かせるためのスキルを使うことが非常に有効です。
- グラウンディング: 今ここにいる自分を感じるための方法です。足の裏の感覚、椅子の感触、目の前にあるものの色や形など、五感を通して現実世界に意識を向けます。「私は今、ここにいる」と心の中で唱えることも助けになります。
- 呼吸法: ゆっくりと深い呼吸をすることで、自律神経を落ち着かせることができます。息を鼻から吸い込み、口からゆっくりと長く吐き出すことを繰り返します。
- 安全な場所をイメージする: 心の中で、ご自身にとって完全に安全でリラックスできる場所を思い描きます。その場所の風景、音、匂い、そこで感じられる感覚などをできるだけ鮮明にイメージすることで、辛い感覚から一時的に離れることができます。
これらのスキルは、フラッシュバックが起きている最中だけでなく、トリガーに気づいた早い段階で使うことで、症状の強度を和らげる助けとなります。日頃から練習しておくと、必要な時にスムーズに使えるようになります。
3. トリガーに対する認識を変える(専門家のサポート下で)
トリガーそのものに対する感じ方や反応を変えていくアプローチもあります。これは、トリガーが過去の辛い経験と結びついているメカニズムを理解し、その結びつきを緩めていくことを目指すもので、専門的な心理療法の枠組みで行われることが一般的です。
例えば、トラウマに特化した心理療法(EMDRやSEなど)では、安全な環境で専門家のサポートを受けながら、トリガーとなる刺激や、それに関連する記憶、感情、身体感覚などに向き合い、処理を進めていきます。これにより、トリガーに遭遇しても、過去の辛い体験に引き戻されることなく、現実の「今」に留まることができるようになることを目指します。ご自身だけで行うのは難しいため、専門家にご相談されることを強くお勧めします。
より深い理解と専門家との連携
トリガーの特定と対処は、フラッシュバックと向き合うための重要なステップですが、多くの場合、フラッシュバックは過去のトラウマ体験と深く関連しています。トリガーへの対処に加え、その背景にある根本的な問題に取り組むことで、症状のより本質的な改善に繋がる可能性があります。
セルフケアや日々の工夫だけでは限界を感じる場合や、トリガーが複雑に絡み合っていてご自身での整理が難しい場合は、専門家への相談を検討されても良いかもしれません。精神科医や臨床心理士、トラウマ治療を専門とするセラピストは、トリガーをより正確に特定し、その背景にある原因を理解するためのサポートを提供できます。また、安全な環境で、ご自身のペースに合わせて治療を進めることができます。
専門家への相談は敷居が高いと感じられるかもしれませんが、まずは相談窓口を探してみる、地域の精神保健福祉センターに問い合わせてみるなど、小さな一歩から始めてみるのはいかがでしょうか。専門家は、あなたの経験を尊重し、寄り添いながら、あなたに合った対処法や治療法を一緒に考えてくれる存在です。
まとめ
フラッシュバックのトリガーを知り、それに対処することは、長年の症状と向き合う上での重要な取り組みです。ご自身のトリガーを特定するためには、日々の記録、五感や感情・思考への注意深い観察が役立ちます。特定したトリガーに対しては、可能な範囲での回避や、グラウンディング、呼吸法などの対処スキルを用いることが効果的です。
これらの取り組みは、すぐに完璧にできるものではありません。時間がかかっても、焦らず、ご自身のペースで取り組むことが大切です。フラッシュバックが発生しても、ご自身を責める必要はありません。それは、過去の経験に対する脳の自然な反応の一部です。
日々の小さな積み重ねが、フラッシュバックの影響を少しずつ和らげ、より穏やかな日常を取り戻すことに繋がります。ご自身に優しく向き合いながら、一歩ずつ進んでいきましょう。そして、もし必要を感じた時には、専門家のサポートをためらわずに求めてください。