フラッシュバックの『つらい記憶』を安全に扱うためのヒント
フラッシュバックの『つらい記憶』を安全に扱うためのヒント
フラッシュバックとして繰り返し蘇るつらい記憶は、長年にわたり心を深く悩ませることがあります。様々な対処法を試しても、特定の記憶が鮮明に、そして突然現れるたびに、過去の出来事に引き戻されるような感覚に圧倒されてしまう方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、フラッシュバックで蘇る『つらい記憶』に、どのようにすれば圧倒されず、少しでも「安全に扱う」ことができるのか、そのための考え方と、日々の生活の中で実践できる小さな工夫についてお話しさせていただきます。過去の記憶と上手に付き合い、穏やかな日常を取り戻すための一助となれば幸いです。
なぜ、『つらい記憶』は繰り返し蘇るのか
フラッシュバックは、過去の強い感情や身体感覚が伴う出来事の記憶が、まるで今そこで起きているかのように鮮明に蘇る現象です。脳は、生命の危機に関わるような強い出来事を「重要」な情報として認識し、五感で感じ取った情報や感情、身体感覚とセットにして記憶することがあります。
通常、過去の記憶は時間の経過とともに整理され、落ち着いた状態で思い出されるようになります。しかし、フラッシュバックの場合、記憶が適切に処理されずに「凍りついた」ような状態になり、本来関連のない現在の刺激(トリガー)によって、過去の感情や身体感覚がそのまま呼び起こされてしまうと考えられています。これは、危険を察知する脳の部位(扁桃体など)が過敏になり、過去の出来事を「現在進行形の危険」として誤認識してしまうことなどが影響していると言われています。
「安全に扱う」とは、記憶を消すことではありません
フラッシュバックで蘇るつらい記憶を「安全に扱う」ということは、決してその記憶を無理に忘れようとしたり、無かったことにしたりすることではありません。それは不可能である場合が多いですし、かえって苦しさを増してしまうこともあります。
ここで言う「安全に扱う」とは、記憶が蘇ったときに、その強烈な感情や身体感覚に圧倒されてしまうことなく、距離を置いて向き合えるようになること、そして、現在の自分が安全な場所にいることを認識しながら記憶に触れることができるようになる、というニュアンスを含んでいます。
日常でできる『つらい記憶』を安全に扱うための小さな工夫
つらい記憶に圧倒されずに距離を置くために、日々の生活の中で試せるいくつかの工夫があります。すぐに効果を感じられなくても、継続することで少しずつ変化を感じられる可能性があります。
1. 「過去」と「現在」を明確に区別する練習
フラッシュバックが起きているとき、感覚的には「今」過去の出来事を体験しているように感じられます。しかし、物理的には、あなたは今、安全な場所にいるのです。この事実を自分自身に言い聞かせる練習をします。
- 言葉を使った確認: 「あの出来事は〇〇年〇〇月の過去の出来事です」「今の私は□□(現在の場所、例:自宅のソファ)にいます」「今の私は安全です」など、心の中で、あるいは声に出して唱えてみましょう。
- 物理的な確認: 周囲を見渡して、今あなたがどこにいるのか、何が見えるのか、何が聞こえるのかを確認します。カーテンの色、壁の模様、聞こえてくる音など、現在の五感に意識を向けます。
2. 記憶を「要素」に分解して観察する練習
つらい記憶は全体として襲いかかってくるように感じられるため、圧倒されやすくなります。記憶をいくつかの要素に分解し、それぞれを「観察する」視点を持つことで、記憶そのものから一歩距離を置くことができます。
- 記憶を「映像」として捉えるなら、それはどんな色合いか、ぼやけているか鮮明か、まるで映画のワンシーンのように「見る」練習をします。
- 記憶に伴う「音」があるなら、それはどんな音か、どの方向から聞こえるかなど、「聞く」練習をします。
- 記憶に伴う「身体感覚」があるなら、それは体のどこに、どんな感覚として現れているか、「感じる」練習をします。
これらの練習は、記憶の内容に感情的に巻き込まれるのではなく、記憶を構成する要素を客観的に観察する視点を養うのに役立ちます。
3. 「安全な感覚」を意識的に呼び起こす練習
つらい記憶が蘇るとき、脳は危険を察知し、身体もそれに反応することがあります。ここで重要なのは、「今の自分は安全である」という感覚を意識的に呼び起こすことです。
- グラウンディングの応用: 足の裏がしっかりと床についている感覚、触れているものの感触、深呼吸をして肺に空気が満たされる感覚など、「今、ここにある安全」を感じられる身体感覚に意識を向けます。これらの感覚は、現在のあなたが安全な場所にいることを教えてくれます。
- 「安全基地」を心に持つ: あなたが心から安心できる場所(例:子供の頃過ごした部屋、自然の中など)や、信頼できる人(例:大切な家族、ペットなど)を心に思い浮かべ、その存在から得られる安心感を味わいます。これは、つらい記憶によって不安定になった心を支える「心の安全基地」となります。
4. 感情の波を受け流す練習
フラッシュバックによる感情は、津波のように押し寄せてくることがありますが、それは永遠に続くものではありません。感情の波に「乗ってしまう」のではなく、「岸辺から眺める」ように受け流す練習をします。
- 感情に抵抗せず、「ああ、怒り(悲しみ、恐怖など)の感情が来ているな」と認識するだけに留めます。感情の原因を探ろうとしたり、感情を排除しようとしたりせず、ただその感情が「ある」ことを認めます。
- 感情は波のように自然に強くなったり弱くなったりしながら過ぎ去っていくものです。その波が収まるまで、安全な場所でただ静かに待つ時間を持つことも大切です。
5. 自分自身へのいたわりと休息
フラッシュバックが起きた後や、つらい記憶と向き合った後は、心身が疲弊していることが多いものです。自分自身を責めたり、「もっと頑張らなければ」と追い込んだりせず、意識的に休息を取り、自分をいたわることが重要です。温かい飲み物を飲む、好きな音楽を聴く、静かに横になるなど、心が安らぐ時間を持ちましょう。
専門家への相談も視野に入れる
ここでご紹介した方法は、日常で実践できるセルフケアのヒントですが、フラッシュバックによる苦痛が強い場合や、これらの方法だけでは不十分だと感じる場合は、専門家への相談をためらわないでください。
精神科医、心療内科医、またはトラウマ治療を専門とするカウンセラーや心理士は、フラッシュバックのメカニズムについてより詳しく説明し、EMDRやTFT、特定の認知行動療法など、トラウマ記憶への安全なアプローチを支援する専門的な治療法を提供することができます。専門家へ相談することは決して特別なことではなく、長年の苦しみから解放されるための大切な一歩となり得ます。敷居が高いと感じるかもしれませんが、まずは相談してみることから始めてみるのも良いでしょう。
まとめ
フラッシュバックによって蘇る『つらい記憶』は、時に圧倒されるような苦痛を伴いますが、それに圧倒されず、安全な距離を置いて付き合っていくことは可能です。過去と現在の区別、記憶の要素化、安全な感覚の呼び起こし、感情の波の受け流しといった日常の小さな工夫を積み重ねることで、少しずつ記憶との関係性を変えていくことができるかもしれません。
焦らず、自分自身のペースで、一つずつ試してみてください。そして、一人で抱え込まず、必要であれば専門家のサポートを得ることも、穏やかな日常を取り戻すための大切な道筋です。あなたの心が安らぎ、安全な感覚を取り戻せることを心から願っています。