長年のフラッシュバックに悩む方へ:『波』を受け流す新しい向き合い方
長年にわたり、鮮明な記憶の再体験であるフラッシュバックに悩まされている方はいらっしゃるかもしれません。様々な対処法を試みても、なかなか効果を実感できず、途方に暮れている方もいらっしゃるのではないでしょうか。フラッシュバックは、単に「嫌なことを忘れる」ことや、「強い意志で乗り越える」ことだけでは解決が難しい、脳と心の仕組みに深く関わる現象です。
この記事では、フラッシュバックのメカニズムに触れつつ、なぜ従来の対処法だけでは限界を感じやすいのか、そして、フラッシュバックを「受け流す」という新しい向き合い方について、その考え方と具体的なヒントをお伝えします。長年の苦しみから少しでも距離を置き、穏やかな日々を取り戻すための一助となれば幸いです。
フラッシュバックはなぜ「波」のように訪れるのか?
フラッシュバックは、過去の出来事が突然、まるで今そこで起きているかのように鮮明に蘇る現象です。五感を通して当時の感覚が再現されたり、強い感情が伴ったりすることがあります。これは、脳が過去の出来事を処理しきれていない、あるいは適切に分類できていない場合に起こりやすいと考えられています。
特に、強いストレスや衝撃を受けた記憶は、通常のように整理されず、感覚や感情と結びついたまま「未処理」の状態で脳に残ることがあります。そして、日常の中の特定の音や匂い、光景などが「引き金(トリガー)」となり、その未処理の記憶が呼び覚まされるのです。
フラッシュバックが「波」のように感じられるのは、トリガーの存在だけでなく、ご自身の体調や心の状態、周囲の状況によって、その鮮明さや苦痛の度合いが常に一定ではないからです。体調が優れない時、疲れている時、あるいは予期せぬ出来事が起きた時などに、フラッシュバックの波が強く押し寄せてくるように感じることがあります。これは、フラッシュバックが単なる記憶の再生ではなく、心身全体の複雑な反応として現れることを示しています。
なぜ「抑え込む」だけではうまくいかないのか?
フラッシュバックがあまりに苦痛であるため、何とかしてその感覚や思考を「抑え込みたい」「消し去りたい」と願うのは自然なことです。多くの対処法も、症状を軽減させることに焦点が当てられています。しかし、フラッシュバックという現象は、脳が過去の経験に対して行っている、ある種の防御反応や処理の試みであるとも言えます。
心理学的な知見からは、人間は不快な思考や感情を無理に抑え込もうとすると、かえってそれが強まってしまう傾向があることがわかっています。フラッシュバックも同様に、避けようとしたり、無視しようとしたりすることで、脳が「これは重要な情報だ」と判断し、より強く意識に上らせてしまう可能性があるのです。また、「フラッシュバックを起こしてはいけない」という強いプレッシャー自体が、新たなストレスとなり、症状を悪化させてしまうこともあります。
長年フラッシュバックに悩まれ、様々な対処法を試しても効果を感じにくいという経験をお持ちの方は、もしかしたら、無意識のうちに「症状を完璧にコントロールしよう」「完全に抑え込もう」と強く意識しすぎているのかもしれません。しかし、フラッシュバックは意思の力だけで完全に消し去れるものではなく、むしろ「受け流す」という別の視点を持つことが有効な場合があります。
「受け流す」という新しい向き合い方とは
フラッシュバックを「受け流す」とは、フラッシュバックが起きた時に、その内容や感覚に飲み込まれず、距離を置いて体験する、あるいは、それはあくまで過去の出来事の再体験であることを認識しながら、その「波」が過ぎ去るのを待つという考え方です。これは、症状を積極的に「消し去る」というよりは、フラッシュバックが起きても、その苦痛に圧倒されず、日常生活への影響を最小限に抑えることを目指すアプローチです。
例えるなら、嵐の海に立ち向かうのではなく、岸辺から嵐が過ぎ去るのを静かに待つようなイメージです。フラッシュバックの「波」が押し寄せても、その波に乗って漂うのではなく、自分自身は確かな地面に立っていることを確認し、波が自然と引いていくのを待つ感覚です。
この「受け流す」ためには、思考や感情、身体感覚といったフラッシュバックの要素と、自分自身との間に意図的に距離を置く練習が必要です。これは、フラッシュバックの内容を肯定したり、トラウマを無視したりすることとは全く異なります。あくまで、今、目の前で起きている「過去の再体験」という現象に対して、安全な距離を保つための技術です。
具体的な「受け流し」の実践ヒント
フラッシュバックを「受け流す」ために、日常生活の中で試せる具体的なヒントをいくつかご紹介します。これらは練習が必要な場合もありますが、少しずつ取り入れることで、フラッシュバックの波に飲み込まれにくくなることが期待できます。
- 意識の置き場所を変える練習をする フラッシュバックが始まったと感じたら、すぐにその内容から意識を離し、今、自分がいる場所、目の前の現実(部屋の様子、聞こえる音、手に触れるものの感触など)に意識を向け直します。特に、足の裏が床についている感覚や、椅子に座っているお尻の感覚など、身体の確かな感覚に注意を向けることは、現実に戻る助けとなります。
- 呼吸に意識を向ける 深い呼吸を無理にする必要はありません。ただ、今、自分が呼吸をしているという事実に注意を向けます。鼻を通る空気の感覚、お腹の膨らみと縮みなどを静かに観察します。呼吸は常に「今」ここに存在するため、フラッシュバックによる過去への没入から意識を引き戻す手助けとなります。
- 「これは過去のことだ」と心の中で唱える フラッシュバックの最中は、あたかも現実であるかのように感じられることがあります。その時に、「これは今起きていることではない。これは過去の記憶だ」と、心の中で静かに、繰り返して唱えます。これは現実検討能力を保ち、過去と現在の区別をつける上で役立ちます。
- 安全な場所や人を思い浮かべる 物理的に安全な場所にいることを確認し、さらに、心の中で「安全な場所」(過去の安心できた場所、想像上の穏やかな風景など)や、「信頼できる人」の存在を思い浮かべます。これにより、心理的な安心感を高め、フラッシュバックの恐怖を和らげることができます。
- 波が過ぎ去るのを待つ フラッシュバックは永遠には続きません。必ず終わりがあります。苦痛の波が押し寄せている最中は辛いですが、「この波もいつかは過ぎ去る」という事実を心に留めておきます。無理に抵抗せず、波が自然に引いていくのを待つという姿勢は、フラッシュバックの持続時間や強度を和らげることにつながることがあります。
これらのヒントは、フラッシュバックが起きたその瞬間に試せるものです。すぐに完璧にできるようになるわけではありませんので、ご自身を責めず、少しずつ、できる範囲で試してみてください。
日常生活でできる準備と心構え
フラッシュバックの「波」を受け流すためには、日頃からの心身のコンディションを整えることも重要です。
- 規則正しい生活を心がける 十分な睡眠やバランスの取れた食事は、心身の安定に繋がり、フラッシュバックの頻度や強度を和らげる助けとなります。
- リラックスできる時間を作る ご自身にとって心地よい活動(散歩、趣味、軽い運動など)を取り入れ、意識的にリラックスできる時間を作ります。
- 信頼できる人に話を聞いてもらう 一人で抱え込まず、家族や友人など、信頼できる人に気持ちを話すことも重要です。話すことが難しい場合は、手紙や日記に書き出すことでも整理が進むことがあります。
そして何より大切なのは、「完璧を目指さない」という心構えです。フラッシュバックとの付き合い方は、試行錯誤の連続かもしれません。うまくいかない日があっても落ち込みすぎず、「今日は少しでも受け流すことができた」など、小さな成功に目を向けることが、次の一歩に繋がります。
まとめ
長年のフラッシュバックの苦しみは、決して簡単なものではありません。様々な対処法を試しても効果を感じにくいと感じているのであれば、「受け流す」という新しい視点を持つことが、苦痛から距離を置くための一つの糸口となるかもしれません。フラッシュバックの「波」を完全に止めることは難しくても、その波に飲み込まれず、安全な距離を保つための具体的な方法を日常生活に取り入れることから始めてみましょう。
ここでご紹介した内容は、あくまで一般的なヒントです。もし、ご自身だけでの対処が難しいと感じたり、症状が改善しない場合は、専門家(医師や心理士など)に相談することも非常に有効な選択肢です。専門家は、あなたの状況に合わせて、より具体的なアドバイスや専門的な治療法(EMDRや認知行動療法など)を提供してくれます。専門家への相談は敷居が高いと感じるかもしれませんが、新しい解決の糸口が見つかる可能性があります。
フラッシュバックは、過去の出来事によってもたらされた苦痛な体験ですが、それにどのように向き合うかを選ぶことで、未来を変えることは可能です。焦らず、ご自身のペースで、穏やかな日々に向けて一歩ずつ進んでいきましょう。