『五感』を味方につけるフラッシュバック対処法:『今ここ』を感じる穏やかな練習
フラッシュバックの悩み、新しい視点を見つけるために
長年にわたりフラッシュバックの症状に悩まされている方の中には、様々な対処法を試したものの、なかなか効果を実感できずにいる方もいらっしゃるかもしれません。フラッシュバックは突然、過去のつらい記憶や感覚を鮮明に呼び起こし、私たちの心を大きく揺さぶります。こうした経験は、日常生活に計り知れない影響を与え、深い疲労感や無力感につながることも少なくありません。
従来の対処法に加えて、何か新しい、そしてご自身のペースで試せる穏やかなアプローチを探している方もいらっしゃるでしょう。この記事では、フラッシュバックの波を少しでも穏やかにするために、『五感』を味方につけるという新しい視点からの対処法をご紹介します。特別な道具も場所も必要としない、日常生活の中で「今ここ」を感じるための身近な練習に焦点を当てて解説します。
フラッシュバックと感覚のつながり
フラッシュバックが起きる時、それは単に過去の出来事を頭の中で思い出すというよりは、まるでその出来事が今、目の前で再び起きているかのように感じられることが多いものです。そこでは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった様々な感覚が、当時の記憶と結びついて鮮やかに再現されることがあります。
たとえば、特定の音を聞くと過去の場面がフラッシュバックしたり、ある匂いを嗅ぐと当時の感情が蘇ったりすることがあります。これは、脳が過去の体験と感覚情報を強く結びつけて記憶しているために起こります。フラッシュバックによって、私たちの意識は文字通り「過去」に引き戻されてしまうのです。
『今ここ』を感じる五感の力
フラッシュバックが過去に意識を引き戻す一方で、「今ここ」という現実に意識を向けることは、フラッシュバックの影響を和らげる上で非常に有効な手段となり得ます。ここで重要になるのが、私たちの持つ『五感』です。
私たちが五感(見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる)を使って現在の瞬間に意識を集中させると、脳は「過去の記憶の再生」から「現在の情報の処理」へと切り替わりやすくなります。これにより、フラッシュバックによって過去に囚われそうになる心を、「今ここ」という安全な現実にグラウンディング( grounding:地に足をつけること、現実に意識を戻すこと)させることができます。
この『今ここ』を感じる練習は、フラッシュバックが起きた瞬間だけでなく、普段から日常的に行うことで、心がざわついた時に自然と「今」に意識を戻せるスキルとして身についていきます。
日常で試せる五感を活用した具体的な練習
それでは、日常生活の中で簡単に試せる五感を活用した練習方法をいくつかご紹介します。これらの練習は、リラックスしている時や、少し心が落ち着かないと感じる時に、ご自身のペースで取り入れてみてください。
1. 視覚を使った練習
- 周りをゆっくり見回す: 今いる場所の景色、部屋の壁の色、物の形や質感を注意深く観察します。窓の外の木々や空の色、小さな模様など、普段は気に留めないような細部に意識を向けてみましょう。
- 特定の色を探す: 青いもの、緑色のものなど、特定の色を持つものを周りからいくつか見つけます。
2. 聴覚を使った練習
- 周囲の音に耳を澄ませる: 静かに座り、今聞こえてくる音に意識を向けます。エアコンの音、時計の秒針の音、外を走る車の音、鳥の声など、意識すると様々な音が聞こえてくることに気づくでしょう。音を判断したり評価したりせず、ただ「聞こえている音」として受け止めます。
3. 嗅覚を使った練習
- 身近な香りを意識する: コーヒーやお茶を淹れる時の香り、お気に入りの石鹸の香り、部屋のアロマの香り、植物の香りなど、身近にある心地よい香りを意識してゆっくりと吸い込んでみます。その香りが鼻腔を通り、どのように感じられるか注意を向けます。
4. 味覚を使った練習
- 飲食する際に味わう: 食事やお茶を飲む際に、いつもよりゆっくりと味わってみましょう。食べ物の温度、舌触り、味の広がりなどを意識します。一口ごとに意識を向けることで、「今」の感覚に集中しやすくなります。
5. 触覚を使った練習
- 体の感覚に意識を向ける: 椅子に座っているなら、椅子がお尻や太ももに触れている感覚、足が床についている感覚に意識を向けます。手に持っている物の質感(マグカップの温かさ、本の紙の感触など)を感じてみましょう。衣服が肌に触れている感覚を意識するのも良い練習です。
これらの練習は、それぞれ単独で行っても、組み合わせて行っても構いません。ご自身が心地よく感じる方法を選んでみてください。大切なのは、「今ここ」の感覚に意識を向けるというプロセスそのものです。
効果を感じにくい時に見直したいこと
長年の悩みを抱えている方の中には、こうした新しい方法を試しても、すぐに大きな変化を感じられないと感じるかもしれません。それは決して特別なことではありません。フラッシュバックとの付き合い方は、焦らず、小さな変化に気づいていく長期的なプロセスです。
- 完璧を目指さない: 最初から完璧にできる必要はありません。短時間でも、気がついた時に少しだけ試してみることから始めましょう。
- 自分に合った方法を見つける: 全ての五感を使う必要はありません。視覚が難しいと感じるなら聴覚から、といったように、ご自身にとって取り組みやすい感覚から試してみてください。
- 小さな成功を認める: 「今日は少しだけ、音に意識を向けられたな」「コーヒーの香りをいつもより感じられたな」といった、小さなことでもできた自分を認めてあげましょう。
- 根気強く続ける: 効果はすぐには現れないかもしれません。しかし、こうした練習を続けることは、心を「今ここ」に戻すための筋肉を鍛えるようなものです。諦めずに、ご自身のペースで続けてみることが大切です。
穏やかな日常への一歩として
五感を活用した「今ここ」を感じる練習は、フラッシュバックの波を穏やかにするための、誰でも始められる身近な一歩です。これらの練習を通じて、ご自身の心身の状態に優しく注意を向ける時間を持ち、過去のつらい記憶から少し距離を置き、「今」という瞬間の感覚を積み重ねていくことで、心の安定につながることが期待されます。
こうしたセルフケアに取り組むことに加えて、もし一人で取り組むのが難しいと感じたり、より専門的なサポートが必要だと感じたりした場合には、専門家への相談も一つの大切な選択肢です。専門家は、フラッシュバックのメカニズムや個々の状況に合わせたより多様な対処法を提供することができます。ご自身の心と体を労わりながら、穏やかな日常を築いていくための一歩として、五感を使った練習を試してみてはいかがでしょうか。